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2014.03.04 《“ならまち”散策──、元興寺》


春の日差しに誘われて、そして明神さん親子に誘われて、先日、奈良市勝南院町(ショウナミチョウ)にある大和伝統料理「粟(アワ)」というお店でランチをしました。


 

 

ここは奈良公園から見て南西方面に当たる、いわゆる“ならまち”と呼ばれている一角。古くからの町家が軒を列ね、のどかな情緒を醸し出しています。

 

「粟」は、古い民家を利用して、清澄の里で栽培された野菜や、大和牛などを食材にした郷土料理を出しておられるお店。


 

 

我々が注文したのは「大和と世界の野菜」コース、3900円。


 

地元の野菜を中心としながらも、ヨーロッパなど世界各地の旬の食材をどんどん取り入れた野菜のフルコースです。


 

天ぷら、椀物、焼き物…。どの品も見て良し、食べて良し! 堪能しました(^q^)


 

ごはんの後は、ホッと一息、粟餅とお抹茶。


 

締めくくりに、上品なプリンと苺とコーヒー。


 

何気なくテーブルに置かれていた野菜。名前を訊けば、「宇宙芋」やて! またひとしきり、先日淡路島の諭鶴羽神社で撮ったUFO写真の話題で盛り上がりました(^o^ゞ

 

さて──。

 

「粟」を出たら、真隣にあったお店が、萬御菓子誂處「樫舍(カシヤ)」。


 


なんと、ここの家紋が、我が米朝一門と同じく「結び柏」! とても親近感を覚えました。


 

 

この日は生菓子が売り切れでしたので、近江米と阿波の和三盆糖だけでつくられた「小種」という煎餅と、宝尽くしの「打ち菓子」を購入。見た目も味もとても上品でした(^ー^)

 

そのあとは、すぐ近くにある元興寺(ガンゴウジ)を参拝。


ここは日本一古い寺なのだとか。

 

元々は飛鳥の地で西暦593(推古天皇元)年、蘇我馬子によって建てられた寺。奈良時代となって、こちらに移築されたのだそうです。(但し、飛鳥にあった寺もそのまま残り、「元元興寺」とか「法興寺」、或いは「飛鳥寺」と呼ばれているとのこと)。


 

 

智光曼荼羅がご本尊となっている極楽坊本堂をお詣りしていると、辻村泰善住職が出て来られ、丁寧に境内を案内して下さいました(^0_0^)

 

ご住職のお話によると、かつては、猿沢池あたりから鳴川町(奈良市音声館)あたりまでが、すべて元興寺の境内だったのだとか…。しかし、平安時代以降、次第に小さくなってしまったそうです。

 

「平城京から平安京へ移るということは、国の管理下を離れると言うことです。国鉄がJRになったようなもの。東海、西日本、北海道…で、収入に差が出てきますわな。お寺も同じで、藤原氏や源氏の庇護を受けた東大寺や興福寺はどんどん隆盛しましたが、ここはスポンサーが就かずに、次々と土地が人手に渡ってしもうたんです。辛うじて残ったんが、極楽坊の禅室と本堂だけですねん」


 

飛鳥時代そのままの屋根瓦を残す極楽坊禅室の前で、わかりやすくお話し下さる辻村泰善さん。

 

昭和18年に生駒山寳山寺(宝山寺)から辻村泰圓氏が特命を受けて当寺の住職となられ、元興寺に残された数々の国宝の修復や、歴史遺産の継承に力を注がれ、今に至っているのだそうです。

 

境内にある収蔵庫は、まさに宝庫! 奈良時代や平安時代から伝わる仏像や調度品など、国宝や重要文化財の数々が手に触れられるような近い位置に並べられています☆☆☆

 

「うちは基本的に秘仏はおまへんねん。見ていただいて、拝んでいただいてこその仏様でっさかい」


 

 

辻村泰善住職の笑顔が印象的でした。今回、ならまちの繁栄は、春日大社や興福寺や東大寺もさることながら、元興寺の礎の上に成り立っているんだということがよく分かりました。

 

いやぁ、奈良は奥が深い。そして楽しい(^ー^)

 

実は私、今月21日(春分の日)に、毎日放送ラジオの歴史散歩の番組「MBSラジオウォーク」で、奈良公園周辺を歩くのです。私の出番は午後からですが、よろしかったら皆様も、春の奈良をご一緒しませんか?