2023.7.11《 仕方噺「勧進帳」、盛況のうちに幕! 》

七月恒例のサンケイホールブリーゼでの「桂米團治独演会」で、今年はトリネタに仕方噺の「勧進帳」を披露させていただきました。そう、歌舞伎十八番の一つである『勧進帳』を私がほぼ一人で演じ切る趣向。すなわち、富樫・弁慶・義経の三役を演じ分けるというもの。演奏は寄席囃子の浅野美希による三味線一丁と、私の弟子の桂米輝による笛一管のみ。この構想を頭に描き出したのは、七年前のこと。福岡市にある森本能楽堂での美案寄席で「好きなことをして下さい」との主催者の誘いに乗って、能舞台で『勧進帳』の一部を演じたのがきっかけ。それが高じて、もちろん長いお芝居ですから割愛した箇所もありますが、初めから終わりまで物語の筋道を外すことなく演じるようになっていったのです。

これまでに東京・金沢・京都・姫路・尼崎・和歌山で演じてまいりましたが、大阪での独演会では出したことがありませんでした。まぁ、いろんな理由がありまして…^^; 今回、満を持しての「地元でのお披露目」となりました。

そもそも歌舞伎の『勧進帳』をほぼ一人で演じようと思い立ったのは、私自身、この作品が好きだったからです。源頼朝(鎌倉殿)から追討令が下され、悲劇のヒーローとなった源義経を武蔵坊弁慶が命懸けで守り抜くお話し。弁慶と四人の家来(四天王)が作り山伏となり、義経公を強力(荷物持ち)に仕立てて、北陸へ逃げる。しかし、鎌倉殿の厳命を受けた富樫左衛門が安宅の関で彼らを待ち受ける。その時のそれぞれの心の動きを表現する長唄の旋律が実に心地よいのです。私は『勧進帳』こそ日本の最高の音楽劇だと思っています。このお芝居の良さを多くの人に知ってもらいたい。でも、時として、筋や言葉が分かりづらい箇所があったりするし、間延びするように感じる件りもある。いろんな思いが募りに募って、ついに私なりの「勧進帳」を仕上げてしまったという次第(^◇^;)

実は、サンケイホールブリーゼという大舞台で披露する前に、何ヶ所かで演じてきたことが大きな学びに繋がりました。これまでもお蔭さまで概ね好評をいただいておりましたが、何割かの人は「凄い迫力だったけれど、何をやっているのか、何を言ってるのか、イマイチ分からなかった」という感想をお持ちになったのです。当初、私はその意を解せませんでした。でも、一年ほど時間が経過した時、ようやく気がついたのです。『勧進帳』はもとより、歌舞伎というものを生で観たことがない人が案外多いのではないか…ということに。そこで、今回は登場人物についての解説を念入りにすることに決めました。

さて、本番 ———。出囃子に乗って舞台中央に座るなり、私はお客さんにアンケートを取りました。「これまでに生で『勧進帳』を観たことがあるか、ないかを、拍手で答えて下さい」と。すると、何と七割近くの人が「ない」と答えたのです。私は驚きと共に、やはりそうだったかと合点し、まず「勧進」という言葉の意味から説明を始めました。次に「源平の合戦」という時代背景と義経・弁慶・富樫の人物像についても言及し、能の『安宅』から歌舞伎へと発展した作品であることにも触れ、「歌舞伎役者に当てはめると、弁慶は市川團十郎、富樫は片岡仁左衛門、義経は坂東玉三郎が一つの理想形だと思うのです。皆様、そんなイメージを抱いてご覧下さい」と言ってから、噺に突入。すると、歌舞伎を観たことのない人もどんどんと想像を膨らませて聴いて下さったようで、最後は大きな拍手の中、幕を下ろすことができました。演者の私も感動と感謝の気持ちでいっぱいになりました。

私のわがままにお付き合い下さった浅野美希さんと弟子の桂米輝に御礼申します。そして何より、これまでの仕方噺「勧進帳」をご覧下さいましたお客様、ご来場まことにありがとうございました! 心より感謝申し上げます。

そう言えば、かつて「おぺらくご」なるものを作った時も、お客様によく分かっていただく筋立てを第一に考えていったものです。どんな難解なストーリーでも、落語にすれば老若男女、みな楽しく聴いて下さいます。判るからこそ笑えるのです。これが落語の良さ! これからも落語の利点を大いに活かしてコラボレーションに励みます。あ、念のために申しますが、本芸の落語をきっちりやれてこそのコラボであることは肝に銘じております。この日もお蔭さまで、前半の『稲荷俥』と『崇徳院』がよくウケたことを付け加えておきますね(^◇^;)