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2012.07.15 「難波八阪神社の夏祭り、船渡御に参加」


今月、京都は祇園祭。17日には山鉾巡行があり、すでに洛中は大いに賑わっています(^0_0^)

 

祇園祭は869(貞観11)年に疫病退散を祈念して始まった八坂神社のお祭りでして、日本三大祭りの一つとしてあまりにも有名ですが、実は、大阪にもヤサカさんがあるのです。大阪市浪速区元町2丁目にある難波八阪神社。御祭神は八坂神社と同じく、素戔鳴尊・奇稲田姫命・八柱御子命。そして、大阪のヤサカさんのほうが京都より創建が古いんだそうです。

 

渡来系技術集団の秦一族が平安京を作る前に、難波津で暮らしていたんでしょうね。京都市右京区の太秦よりも寝屋川市の太秦のほうが古いのは、その一例。

 

しかし、歴史的には古いと言えども、難波八阪神社の夏祭りの船渡御は江戸時代の中期からずっと途絶えておりました。復活したのは12年前。氏子衆や地元の企業の方々の努力により、230年ぶりに船渡御が再開されたのです。私は“なにわあきんど塾”の船を出しておられるトリイホールの鳥居学さんからのお誘いを受け、毎年、行けるかぎりは参加しています(^0_0^)

 

今年は夕方から雨が振り出し、どうかな…と心配でしたが、乗船時刻の午後6時になると小降りになって来ました。「龍神さんが浄化の雨を降らせてくれたんですやろな」と、鳥居さん(^ー^) “なにわあきんど塾”の船には、今年も芸人仲間が乗り合いました。上方舞山村流の六世宗家である山村若さんや、浪曲師の春野恵子さん、落語家では露の団姫ちゃん。その横には天橋立から来られた元伊勢・籠神社の海部穀成さん、はたまた知恩院や勧修寺のお坊さん。わぁ、サントリーの社長夫人も乗ってはる。神仏習合・異業種集合で、いざ出発…と思いきや、そこに地元の代議士、衆議院議員の熊田あつしさんが我々を見送りに来はったよ。「熊田さん、今は私らのこと心配せんと、自分の心配しなはれ」「いえいえ、ミナミのお祭りですから、何としても来たかったんです。でも、乗船は控えさせていただきます」。


 
左から山村若さん、私、海部穀成さん、鳥居学さん。

 

さまざまな人の「ミナミを盛り上げたい」という思いが天に届いたのでしょうか。船が岸を離れると同時にピタッと雨が止みました\(^o^)/  雨よけのために着ていたレインコートを脱ぎ、浴衣姿となるや否や、さらにテンション・アップ! ウチの船には雅楽の奉納演奏の方々や河内音頭グループ「京」の皆さん、そして司会の笑福亭由瓶くんも加わり、賑やかな設えで出発しました(^0_0^)

 

20隻あまりの船が道頓堀川を行き交います。神輿を載せた船の前で藤枝宮司によりお祓いを受けた後は、船同士が行き交う度に“大阪締め”の手打ちをして、祭りを盛り上げます。天神祭の大川での船渡御と違い、道頓堀は川幅が狭く、船渡御を見物する人達が間近に居られるため、船の中の人と岸にいる人とが自然と一つになれるのです。


  

 

ふと、自分の襲名の時のことを思い出しました。道頓堀の松竹座での公演の日、朝日放送前の堂島川から船に乗り込んで、東横堀から道頓堀に差し掛かった時、両岸に大勢の人達が待ち受けていて下さり、その拍手と歓声で感動の涙を流した時のことを!

 

復活から12年を経て、7月13日の夏祭りの船渡御は、大阪ミナミの風物詩の一つとして、ようやく認知されてきたようです(^ー^)

 

下船後は、上方ビル3階のワインとおばんざいの店「季節」で直会(ナオライ)。ちょっと一杯のつもりが、かなり出来上がってしまいました(^o^ゞ


 
春野恵子さんとは「サウンド・オブ・ミュージック」論と恋愛論で盛り上がりましたf(^_^)