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2012.03.30 「ミナミ花舞台 特別公演」


29日(木)、大阪・日本橋の国立文楽劇場で開かれた第29回ミナミ花舞台は、このシリーズに登場した噺家が全員出演するという豪華な顔ぶれとなりました!

 

しかも、私は、小米朝の時代から「ミナミ花舞台」との関わりが一番深かったことにより、先輩諸氏を差しおいて“トリ”を勤めることになりました。文珍兄さん、雀三郎兄さん、どうも失礼致しました(^-^ゞ

 

幕開きから豪華メンバーによる座談で始まりました! その顔ぶれとは、桂米朝・阪口純久・沢田隆治・小佐田定雄。そこに私も加わらせていただき、「ミナミ花舞台」の思い出話に花が咲きました。

 

そして、そのあと落語会。

 

『三十石』まん我

『阿弥陀池』歌之助

『二番煎じ』雀三郎

   〈中入〉

『時うどん』吉弥

『豊竹屋』文珍

『親子茶屋』米團治

 

公演は華やかなうちに終了。終演後は、出演者とスタッフ、それからミナミの4商店街(心斎橋筋・戎橋筋・道頓堀・宗右衛門町)の会長さんが一堂に会し、これまた賑々しく酒宴を繰り広げました(^ー^)

 

この日、私はこの会のプロデューサーである澤田隆治さんの横に座り、いろんな昔話を聞かせていただきました。澤田隆治さんは昭和8年生まれ。今年傘寿とはとても思えぬ若さです。朝日放送のラジオ局に入社した年に上方落語なるものの存在を初めて知り、早速お囃子のレコードを作って、これが民放賞を獲得。今も続く「上方落語をきく会」を立ち上げました。すると、今度はテレビ局へ異動となります。映像はモノクロ、全て生放送の時代──、そこで作った「てなもんや三度笠」が空前のヒットを飛ばします。独立して東京へ出てからは「花王名人劇場」という番組を作り、漫才ブームを巻き起こしたのです。歌謡界のドンが秋元康さんなら、こちらは演芸界のドンと言えましょう。昨日発表された「朝日放送が、ザ・シンフォニーホールを売却」というニュースについても全ての経緯をご存知でした。(むしろ、澤田さん以外に全てを知る人は居ないと思われます)

 

傘寿を迎えられ、ますます元気な澤田隆治さん──、上方文化の隆盛のために、もう一肌脱いで下さいませ☆☆☆



昭和30年代の演芸界の話題で盛り上がる澤田隆治さんと私。

 


楽屋に届いた「キッチンハウスにちにち」の“顔パン”。

 


帰宅後、あんこ入りのクロワッサンに舌鼓を打つ私。