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「現代のことば」<11>

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「あかりをつけましょ ぼんぼりに おはなをあげましょ もものはな」。お馴染み、童謡『うれしいひなまつり』の一節です。でも、3月3日には桃はまだ咲きません。桃の見頃は4月の始め。同様に端午の節句に菖蒲は咲かず、七夕に至っては梅雨の真っ只中・・・。

 

なぜ、こんなことになるのか。答えは簡単。昔ながらの四季折々の歳時の日付を、そのまま西暦(太陽暦)に当てはめてしまったからです。

 

明治6年に政府が太陽暦を採用するまでは、日本は太陰太陽暦・・・いわゆる旧暦を使っていました。これは文字通り太陽と月、双方の動きをええとこ取りにした暦。1年の長さは今と同じく地球の1公転(太陽の周りを回る時間)としつつも、毎月の日付は月の満ち欠け(朔望)に合わせるのです。つまり、何月であれ、朔日(ついたち)は新月となり、15日には満月を拝めるという寸法。

 

しかも、年始の決め方が実に科学的。冬至点を基準にして1年を24等分し、順に冬至・小寒・大寒・立春・雨水・啓蟄・春分・清明・穀雨・・・という名前の節気を設け、「雨水」に跨る朔望月の初日を元日と決めました。(中国でいうところの「春節」)

 

したがって、旧暦は約1カ月遅れの日付となり、歳時記の文言に季節が見事にそうぐうわけです。

 

但し、旧暦には厄介な問題もあります。月の朔望は約29.5日なので、大の月でも30日、小の月なら29日となり、12カ月が過ぎた時、1公転に11日ほど足りない勘定になってしまいます。3年経つと、30日以上もずれることに・・・。

 

そこで、先人たちは3年に一度、閏月を設け、帳尻を合わせることにしました。どこに閏月が入るのか。二十四節気のうち、偶数番目(中気)の節気に少しもかからない朔望の月を探し、それを閏月としたのです。ちなみに、今年は閏月が入る年。「夏至」と「大暑」の間の朔望が“閏五月”に当たります。

 

私は旧暦が世界基準になればいいなぁと、かなり本気で考えています。(エスカレーターの右立ち推進運動以上に・・・)

 

実は、3年に一回(正確には19年に7回)の割合で閏月を入れる方法を編み出したのは、紀元前5世紀のギリシャの天文学者、メトン博士でした。なんと、古代においてはエジプト以外のほとんどの国で太陰太陽暦が使われていたのです。

 

太陽暦を広めるきっかけをつくったのは、ローマ共和国の独裁官カエサル(シーザー)でした。紀元前46年、太陽暦に変更する際、たまたま冬至の10日後が新月だったので、その日を元日と定め、やがてそれがヨーロッパを席巻し、今日に至っているんだとか。キリスト生誕も実は後付けで、その時期に合わせたという説があるくらい。

 

それに比べりゃ、旧暦はまことに文学的。正月に梅を愛で、端午には菖蒲湯に浸かり、七夕には満天の星を仰ぎ見ることがかなうのです。

 

さぁ、皆さん、“食”にも“芸能”にも心地よき風情を醸し出してくれる「旧暦」をぜひとも現代に取り戻そうではありませんか。