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「現代のことば」<6>

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政界や芸能界にゴシップはつきもの。真面目なそぶりを見せている人の恥部が明るみに出る時ほど心わきたつことはございません。

 

今年は年頭から不倫報道が続きましたね。“ゲスの極み”に始まって、育児休業宣言した国会議員による情事、さらには噺家、文筆家・・・と花盛り。その都度、週刊誌は鬼の首を取ったように騒ぎ立て、当事者はまるで犯罪者のようにうなだれる。こういう風潮を見ていると、明日はわが身かな・・・いやいや、困ったもんやなぁと思ってしまいます。

 

実は、昨年他界した父、米朝が生前こんなことを申しておりました。

 

「近頃、やたら不倫ドラマてなことを言うてるが、あれはおかしい。昔はメロドラマと言うた。その前はよろめきドラマと言うたんや。ちょっと心がよろめくだけやねん。そもそも不倫とは『倫(みち)ならず』と書くごとく、兄妹で関係を持ったり、親子で怪しい間柄になることを言うたもんや。他人の嫁はんをちょっとイクぐらい、どうっちゅうことあるかいな」と。

 

これはかつて米朝が言うてた台詞ですよ。そうなると、前述の話題はすべて「不倫」ではなくなりますね。いや、決して自己保身で申しているわけではありませんが・・・。

 

考えてみると、かつて後白河天皇が編纂された「梁塵秘抄(りょうじんひしょう)」にも「遊びをせんとや生まれけむ」という一節が出てきます。毎夜、女の寝所に通う男どもの姿を女流作家が小説にしたためていた平安時代のほうが、現代より数段おおらかだったと言えるかも・・・。

 

18世紀の天才作曲家モーツァルトが今なお高く評価されている理由の一つに、男女の戯れ事をオペラにしたことがあげられます。『フィガロの結婚』『ドン・ジョヴァンニ』『コシ・ファン・トゥッテ』。そのいずれにも浮気の場面が登場します。ときに激しく、ときにカッコよく・・・。やがては懲らしめられるも、解決に向けて動く共通のキーワードが「赦し」なのです。

 

「赦せないと思うのは、結局は自分のプライドが許せぬだけ。まずは、そんな相手に惚れた自分を許しましょう。そうすれば相手を赦す心が生まれ、相手も自分の過ちに気づくはず。ひいては、それが互いの幸せに繋がります」

 

台本の行間に描かれた作者の思いをより強く補筆して、私は今年2月、大蔵流狂言師の茂山家の皆さんと『コシ・ファン・トゥッテ』を“狂言オペラ”に仕立て上げ、全国巡業を果たしました。そして来月、今度は落語とオペラを合体させた“おぺらくご”の形で上演します。

 

イタリア語のオペラ『コシ・ファン・トゥッテ』。タイトルを和訳すれば「女はみな、こうしたもの」。男が浮気事件の首謀者として描かれることが多い日本に対して、こちらは女が首謀者です。まさに男女同権のヨーロッパ!

 

どこがどう、こうしたものなのか、詳しくは京都芸術劇場・春秋座にてご覧あれ。