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2011.07.08 「『宵々山コンサート・ファイナルシリーズ~新京極・誓願寺の日~』に出演」


2週間ミュージカルに没頭していたため、普段の落語の声に戻るのに少々時間を要しています。南座や動楽亭にお越しになったお客様、お感じになったかもしれませんが、その旨どうかご了承下さいませ。


7日(木)は母校の関西学院大学文学部の総合コースの授業で(独自のスタイルで)一回きりの教鞭を取った後、京都の誓願寺に向かいました。タイトルは「宵々山寄席」。これは「宵々山コンサート」の一環のイベントなのです。


高石ともやさんの発案により、昭和48年に円山公園野外音楽堂で始まった「宵々山コンサート」。最初、祇園祭の宵々山の日(山鉾巡行の前々日)に開催したことから、このネーミングとなりました。以来、永六輔さんと高石ともやさんが中心となって、毎年7月に開いて来られました。尤も、きっちり15日に開いた年は少なく、出演者や曜日などの都合で開催日は毎年変わりましたし、途中に中断した時期もありましたが、平成23年の今日まで毎回大入満員で続いて来たというのは素晴らしい限りです。


この「宵々山コンサート」には米朝も何度か出演しましたし、私もKBS京都のラジオ番組を持っていた関係などで、何度か出させて頂きました。メインキャストも世話方もお客も皆、一緒に齢を重ねてきた結果、今年で幕を引くことになりました。最終回の今年はファイナルが10日に円山公園野外音楽堂で行なわれるのですが、それまでの約一週間、いろんな場所でいろんな形のコンサートが開かれることになりました。そして、すべての催しに永六輔さんと高石ともやさんが出演。その一つが7日に誓願寺の本堂で開かれた「宵々山寄席」でした。


私が落語を二席勤めるのですが、その前に、永さんとともやさんがそれぞれお話しで登場。すなわち、お二人が私の前座を勤めて下さったのです。私は嬉しくも多少緊張しながら高座に上がり、『つる』を口演。次はなんと、六輔&ともやで初めて漫才を披露。これが爆笑。私も負けじと二席目はハメモノ(音曲)入りの『蛸芝居』をかけました。


落語が終わり、三人が挨拶して、退場しても拍手鳴りやまず。誰も帰りません。びっくりして、三人で再び登場し、フリートークを展開。その席で永六輔さんが「やはり生のお囃子があるのは、高座への大きな力となりますね」と絶賛。そこで今日のお囃子、すなわち、豊田公美子(三味線)・桂そうば・桂團治郎の三人が舞台に出てきて挨拶することになりました。実は、今回の寄席での永さんの登場時に「上を向いて歩こう」を出囃子にして豊田さんが三味線で演奏したのですが、それを急遽、アンコールとしてもう一度演奏することにしたのです。お客さんも永さんも大喜び。永六輔作詞・中村八大作曲のこの歌が誕生する時の秘話まで話して頂きました。


10日のフィナーレは、どこまで盛り上がるのか、想像を絶します。

   最終回の宵々山コンサートのチラシ。     

  
今回初めて有料販売されるパンフレットは、ファンには垂涎の一冊。