トップへ

2016.09.17 《天満天神繁昌亭 開場10周年記念公演》


0917%e2%91%a0

15日(木)、天満天神繁昌亭がオープンして10年となる記念すべき日がやってきました!

「大阪に常打ちの落語の寄席小屋が無くなって久しい状況にピリオドを打とう」と一念発起されたのが、上方落語協会の桂文枝(当時は桂三枝)会長。

大阪天満宮から土地を無償提供していただき、今は亡き天神橋筋商店連合会会長の土居年樹さんを中心とする商店主の方々のご協力を仰ぎ、寄席小屋建設に賛同して下さる有志の皆様からご寄付を頂き、建物が完成したのが10年前のこと。

0917%e2%91%a1

開業に漕ぎ着けたのは、ひとえに文枝会長の大いなる決断力と行動力の賜物だと確信します。

当初は(私も含め)「はて、うまく運営されるのだろうか」と不安に思う噺家が沢山おりました。

しかし、いざ蓋をあけてみたら、あに図らんや、連日大入の盛況が続いたのです。

一時期、少し入場者数が目減りしたこともありましたが、上方落語協会員がさまざまな工夫を凝らし、危機を乗り越えることができました。

東京と違って席亭(その土地を所有する経営者)が居ない繁昌亭は、出番もギャラも規則も噺家の合議で決めてゆくのです。もちろん、劇場支配人や舞台監督や事務員は別にいるのですが、根本的なところを決めるのは落語家なのです。

見方によっては実に危うい組織かもしれませんが、10年間無事にやって来れたのは、徒弟制度に裏打ちされた信頼関係があったればこそ!

それと、「落語を愛する仲間なんだ」という同胞意識。

これらがうまく作用したお蔭で、師匠が違えど、所属事務所が違えど、一丸となって繁昌亭を盛り立てて来れたのだと思います。

でも、その絆は儚いものであることもまた事実。

これから先、落語を伝承していく作業を少しでも怠ると、その絆は忽然と消えてしまうことでしょう。

「寄席小屋を守るのは、芸に対していかに魂を込めるかという我々の意識の持ちようにかかっているんだ」ということを肝に銘じて、これからも芸道に精進する所存です。

上方落語協会の噺家一行は、午前8時半に天六(天神橋筋六丁目)を出発。その後、天神橋筋商店街を練り歩き、午前10時過ぎに天満天神繁昌亭前へと到着。

0917%e2%91%a2

横浜帰りの私は“お練り”には間に合わぬため、繁昌亭前で一行を迎えることに──。

0917%e2%91%a3

大阪は朝から曇り空でしたが、お練りが到着した時、なんと日が射してきたのです!

0917%e2%91%a4
めでたく鏡開きを執り行い、白鷹のお酒が振る舞われました(^o^)/\(^o^)

0917%e2%91%a5

賑々しい記念公演の開演☆

0917%e2%91%a6

この日は毎度メンバーを変えての三回公演。

0917%e2%91%a7
私は二回目(午後2時半の部)に出演。

さすがに、お腹がすいた(^^;)

0917%e2%91%a8
楽屋口前の鰻屋、亀の池「浪速」で腹ごしらえ。

いざ、開演──。

『寿限無』 たま
『いらち俥』 染二
『天ぷら揚げてる』 都
「南京玉すだれ」 勢朝
『算段の平兵衛』 米團治
   〈中入〉
「口上」 文枝・きん枝・福笑・米團治・染二
『孝行糖』 きん枝
『宿屋ばばぁ』 福笑

0917%e2%91%a9
「口上」も和気藹々と☆☆

0917%e2%91%aa
どの会も立ち見が出る盛況となりました(^人^)

ご来場、篤く御礼申し上げます_(._.)_

0917%e2%91%ab

これからも天満天神繁昌亭をよろしゅうお頼申します☆☆☆