トップへ

2015.01.20 《行政の合併における私見》


現在、大阪市の各区が合併するのか否かで戦々恐々としておりますが、今を去ること26年前、1989年にも大阪市で二つの合併事例がありました。

その一つが、東区と南区の合併──。その時に中央区が生まれたのですが、26年経った現在も、中央区は旧東区と旧南区との間で依然揉めています。おそらく半永久的に一つにならないでしょう。なぜなら、旧東区は“船場”であり、旧南区は“島之内”“道頓堀”“千日前”…いわゆるミナミだからです。根本的に培われてきた土壌が違うのです。そこを強引に合併させたのですから、一つになるはずはありません。

大阪は近世から天満・船場・島之内という三つの地域に分かれて街が栄えてきました。それぞれの生活形態が大いに異なります。その差異を認めながら互いに主張し合うのが「文化」だと、私は思うのです。

落語にもその違いが克明に描かれています。『親子茶屋』『たちぎれ線香』『悋気の独楽』『冬の遊び』などなど、一つの噺の中でも場面が変わるだけで高座の空気がスッと変わってしまうのが面白いところ。

少し地域を広げれば、大阪と京都──。この違いを描いた落語も沢山あります。『愛宕山』『はてなの茶碗』『三十石』…。

土地柄の差異を際立たせ、笑いにしてしまうのが、上方落語の特徴の一つです。

生活感の違う地域を無理に一つにしてしまったのでは、街の特色が薄れ、文化は育ちません。文化度の低い都市には、次第に人も寄りつかなくなるでしょう。

では、合併がすべて悪いかと言うと、決してそんなことはありません。

実は、1989年の大阪市でのもう一つの合併事例である北区と大淀区──。こちらは全く様子が違いました。

大淀区がそのまま北区に統合される吸収合併でしたが、実にスムーズに行ったのです。当時、私は大淀区に住んでいたのですが、私も含めて誰一人文句を言う人はありませんでした。「キタに入れて嬉しい」という声ばかり聞こえました。

合併は区割り次第で、発展もすれば、隘路に陥ることもある。地域性をよく分かった人がやらないと、とんでもないことになる危険性を孕んでいるようですね。

ちなみに、私は今、大阪府吹田市に住んでいるのですが、北摂などは合併に適していると思います。大阪市営地下鉄の御堂筋線から続く北大阪急行の駅は、各駅毎に自治体が変わるのです。江坂(吹田市)~緑地公園(豊中市)~桃山台(吹田市)~千里中央(豊中市)というふうに。いっそ、吹田市と豊中市と箕面市と摂津市の安威川以北を引っつけて、千里市にしたら面白いのではないかな。(摂津市は分割して、安威川以南は大阪市東淀川区に統合する…気に障ったら、ごめんなさい)

ところで、東区と南区が合併した1989年はバブル経済の最盛期でした。当時、私がラジオ番組で「合併の危うさ」を指摘したら、とある市会議員さんから怒りの手紙が届きました。「我々は大阪の将来を考えて行動を起こしているんだ。君にとやかく言われる筋合いはない」と。

26年経って…どうなんでしょうね。

私は、むしろ東区と西区を引っつけて中央区にし、南区と浪速区を引っつけて南区にしたほうが良かったのではないかなと思っています。

あっ、また偉そうに言うてしもた。すみません。

全国的に見ても「平成の大合併」とやらで、国からの助成金欲しさに合併した所が沢山ありますが、その後うまいこと行ってる自治体は幾つあるのでしょうか。

山口県周南市に至っては、行く度に毎回タクシーの運転手さんのボヤキを聞いてしまいます。

「大事な城下町なのに、徳山市の名前を消してしまいやがって…。そりゃ、光市や下松市も入るのなら周南市でもいいけどさ。その二つが抜けたのに、なんで徳山だけが名前を変えなきゃならないんだよ!」

文化を見失った為政者が実施した行政の典型ですね。

大阪が文化を見失わない都市であり続けることを祈るばかり。

でも、それには我々芸人の成長こそ肝要ですね。師匠の教えを胸に、日々精進に努めます☆