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2014.12.17 《NHK・FM特番「京都・音巡り」ロケ 【前編】》


15日(月)、NHK・FMラジオの特別番組「京都・音巡り~古都の参詣道・松原通を歩く~」のロケで、京都を訪ねました。
  
この日は洛中を東西に延びる「松原通」を西から東へと歩き、最後に清水寺にお詣りするという趣向。
 
何度も訪れ、結構知り尽くしていると思っていた京都でしたが、知らないことだらけで、驚きの連続でした!
 
そもそも松原通(マツバラドオリ)は昔の五條大路だったのだとか。太閤秀吉公が一つ南側の通りに(鴨川を渡るための)大きな橋を架けたことから、その通りが「五条通」と呼ばれるようになり、旧五條大路は(松並木があったことから)「松原通」と呼ばれるようになったのだそうです。
 
したがって、松原通には安土桃山時代以前の歴史的建造物が沢山あるのです。
 
例えば、松原西洞院西入ルにある五條天神社──。ここのご祭神は少彦名命(スクナヒコナノミコト)ですが、桓武天皇が平安京を造営する時に天の神様に祈り奉られたことから建てられたお社で、菅原道真公の天神信仰以前の神社なのだとか。
 
実際、松原通を歩いていると、次々と面白いお店を見つけることができました(^0_0^)!
 
和菓子の「末富」──。
 
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実は私、ここで米團治襲名の時のお配り用のお菓子を作らせていただいたのです。でも、その時はマネージャーが電話で注文をしただけでした。この日は三代目社長の山口富藏さんに松原通りに纏わる貴重なお話しを伺うことができました(^人^)
 
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美味しい和菓子とお抹茶をよばれ、ホッと一心地(*^_^*)
 
「末富」の東側にある新玉津島神社──。ここは平安末期から鎌倉初期にかけて活躍した歌人、(藤原定家の父である)藤原俊成が紀伊・和歌浦(ワカノウラ)にある玉津島神社のご祭神、衣通姫命(ソトオシヒメノミコト)の分霊を自宅に奉ったのが始まり。その後、江戸中期には松尾芭蕉の師である北村季吟が宮司を勤めていたという和歌や俳諧に縁のあるお宮さん。
 
今は訪れる人も少なく、手水社も水が枯れていたので、社殿に向かって「寂しがらないで下さい。また来ますね」と言葉をかけておきましたf(^_^)
 
そのまた東隣の「田中直染料店」は、1733年創業という老舗の染物屋さん。
 
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九代目主人の田中直輔さんから「洛央小学校の生徒たちが松原通のさらなる活性を祈念して拵えた」という手拭いを見せていただき、私も「染め」に挑戦!
 
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また、ご主人は私が書いた字で直ぐに手拭いを作って下さいました(^人^)
  
京都糸屋ホテル1階にある「まゆ」でとても美味しい昼食を摂り、再び松原通を東へ歩きます。
 
烏丸通、河原町通を越え、鴨川に架かる松原橋の西詰の青果店「やお又」のお店の方々は、口を揃えて「相対売りする商店が減りましたわ。マンションばっかり増えていくし」と、街の変わりようを嘆いてはりました。が、その顔は笑いに包まれていました(^o^)v
  
さて、鴨川を渡り、川端通を過ぎた所が五花街の一つ、宮川町──。
 
この日は、お座敷には上がらず、「半げしょう」という名前の扇子屋に入ってみたところ──、なんと、お茶屋の建物をそのまま使ったスタイルのお店だったのです。
 
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以前は、扇の絵付けの仕事をしておられた西野公子さんが、扇を的に当て合って点数を競う「投扇興」という遊びを広く世間の人に知ってもらうために、ここでお店を始められたとのこと。
 
二階のお座敷に上げてもらい、投扇興を始めるなり、すっかりその魅力に嵌まってしまいました(^o^)/
 
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扇の投げ方といい、『源氏物語』に出てくる女性の名前で設えられた点数表といい、実にお洒落で艶かしい(^ー^)
 
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ちなみに「半げしょう」という店名の由来は、女将さんが7月2日生まれであることから。半夏生と化粧をかけて付けられたのだとか。
 
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「次は舞妓さんも呼んで遊びますね」と言って、お店をあとにし、清水寺を目指します。
 
      (次に続く)