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2014.05.02 《日光~中禅寺湖、後編》


日光三社へのお詣りを済ませた私は、「いろは坂」をクルマで越えて、中禅寺湖へと向かいます。

 

いろは坂は、西行きと東行きでルートが異なります。道路にカーブがある度に「い」「ろ」「は」…という看板が順に立てられてあるのですが、往復で48箇所のカーブがあるので、「いろは47文字」+「ん」=48個の看板に遭遇するというわけ。

 

しかし…最近、「いろは」を最後まで言える人が少なくなりましたなぁ。

 

いつ頃から、こんなことになってしまったのでしょう。平仮名を一度ずつ使って(少々強引だけれど)一つの文章にした「いろは」は、高尚な言葉遊びであり、日本の大きな文化だと私は思います。昔は劇場の座席番号も大抵「いろは」だったのに…。嗚呼、日常から「いろは」が消えてゆくのは、寂しいかぎり。

 

色は匂へど、散りぬるを、我が世、誰れぞ常ならむ。うゐの奥山、今日越えて、浅き夢見し、ゑひもせず。

 

「いろはがるた」なら、双六の“上がり”のごとく、最後に「京」が付いています。

 

また、赤穂浪士は「いろは」に自分たちの無念を表したという伝説があります。というのも、「いろは」を順に7文字ずつ並べると──、

 

いろはにほへと

ちりぬるをわか

よたれそつねな

らむうゐのおく

やまけふこえて

あさきゆめみし

ゑひもせす

 

となり、各行の最後の文字を繋げると、とかなくてしす…すなわち、咎無くて死す四十七士となるのです。

 

言葉遊びの宝庫である「いろは」は、是非とも教科書に載せていただきたいなぁ。

 

それはさておき──。

 

いろは坂を上りきった所にある明智平(アケチダイラ)からの眺めは最高でした(^o^)/

 

男体山が綺麗に拝めます☆

 

さらに、ロープウェーで明智平展望台まで上がると──。


男体山、中禅寺湖、そして華厳ノ滝までが一望できるのです(^0_0^)

 

凄い…! 絶景に暫し絶句☆☆

 

紅葉の季節はどんなに綺麗だろう。そのことをロープウェー係のお兄さんに話すと、「いやぁ、紅葉の時は大変です。お客さんが多過ぎて…。いろは坂を越えるのに3時間かかるんですよ」「えっ、そんなに…」。いずこも同じですね。紅葉を見るのは写真かポスターにかぎるのかなぁf(^_^;

 

そうそう、そう言えばロープウェーの乗り場に「紅葉の明智平」のポスターが貼られてあり、その横に「明智平の名前の由来」が書かれていたのですが…。それによると──、

 

「戦国武将の明智光秀は本能寺の変では殺されておらず、密かに東国に渡り、徳川家康と何度も落ち合い、やがて天海という名前で、日光東照宮の建立に力を注いだ。彼の貢献を称えるべく、この地が明智平と名付けられたのだ」とあります。ほんまかいな!?

 

俄には信じがたい話です。しかし、明智光秀が本能寺で死んでいないという説は結構定説化していますしね…。

 

また、村岡素一郎の著書には「そもそも徳川家康は三河国の出身ではなく、上野国の世良田村…今の群馬県太田市世良田町出身の世良田二郎三郎元信である。世良田町にも東照宮があるのは、その証左である」と記されているほどですからね(^^ゞ

 

いやぁ、歴史秘話は面白い! ややこしいけどf(^^;

 

またまた、閑話休題──。

 

さて、その華厳ノ滝は、エレベーターで降りて行くと、近くから見上げることもできます。

 

落差97mの滝の眺望は爽快そのもの☆☆☆

 

その源にあるのが中禅寺湖──。

 

そこには中禅寺がありました。当たり前ですが(^o^ゞ 中禅寺が湖畔にあるので、中禅寺湖。

 

 

中禅寺は日光山輪王寺の別院なのだとか。

 

 

立木観音は、木の根っこもそのまま残る一木造り。立派な千手観音さまでした(^0_0^)

 

中禅寺から眺める湖の景色は、実に穏やか(^ー^)

 

そして、湖畔には日光二荒山神社の中宮祠もあります。

 

見上げれば、大いなるパワーを持つ男体山!

 

 

今年の山開きは5月5日だとか。いつかは(頂上への)奥宮登拝を敢行するぞ!

 

「ここまで来たからには、もう一息」と、奥日光まで足をのばしました。

 

 

日光は滝の宝庫ですね(^0_0^)

 

竜頭の滝!

 

湯滝!

 

その源である湯湖!

 

 

たった一日でしたが、日光ツウになりました\(^o^)/

 

 

“日通旅行”なら、私にお任せあれf(^_^)