2013.07.17 《上方文化再生フォーラム「折詰弁当は道頓堀から始まった」》

15日(月)は大阪・千日前のトリイホールで開かれた上方文化再生フォーラムに参加しました。

  

毎年、煎茶道「一茶庵」の家元、佃一輝(ツクダ・イッキ)さんとの対談形式で進める文化フォーラム。

  

昨年は羊羹に纏わる話でしたが、今年は「折詰弁当は道頓堀から始まった」というタイトルで、芝居茶屋の歴史や形態などを探り、桟敷席でお大尽が芝居を観ながら食べる仕出し料理が、いつ、いかにして平場のお客が食べる折詰弁当に変わったかという話を伺いました。

 

ゲストは道頓堀のうどんの「今井」の先代(五代目)店主の今井徳三さん。現在のご主人の叔父さんにあたります。

 

左から、現在の(六代目)店主の今井徹さん、今井徳三さん、私、佃一輝さん。

 

「今井」はその昔、芝居茶屋であったことから、その頃の雰囲気をよく知っておられる徳三さんにお話しを伺おうと、お招きしたところ──、まぁこれが面白いのなんの(^0_0^) 噺家顔負けの饒舌な喋りで、トリイホールのお客さまをガッチリ掴んでしまれました(^ー^)

 

文献によると、仕出し弁当から派生した折詰弁当を最初に作ったのは「倭国」という料理屋。桟敷では出せる蛸汁などの碗物ですが、平場では置くことができません。そこで、蛸の炊いたんを折箱に入れて、漬物や俵にぎりのご飯などと一緒に提供したのが始まりなのだとか…。

 

そこで、当時の折詰弁当の味を再現すべく、「今井」の厨房で蛸汁と蛸の炊いたんを作っていただき、会場のお客様とともに試食しました(^q^)

 

かなり好評だったので、「ウチの夏のメニューに入れようか」と、今井さん(^ー^)

 

ご来場の皆様、まことにありがとうございました(^人^)

 

終演後は、上方ビル2階の鯨料理「徳家」で打ち上げ! いつものハリハリ鍋セットの横に、なんと座頭鯨の百尋(小腸)が出てきました。

 

 

「徳家」の女将さん自身、「今日で食べるのが二回目」という貴重な一品。あ~美味しかった(^q^)

 

上方文化論や芸談に花が咲いたのは言うまでもありません。楽しいひとときを過ごしました(^0_0^)