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2013.04.15 《関西大学飛鳥文化研究所》


13日(土)から14日(日)にかけて、私は奈良県高市郡明日香村にある関西大学飛鳥文化研究所におりました。


 


明日香村の南西、稲渕の地に建つ関西大学飛鳥文化研究所。


 


鮮やかな彩りの桃の花が「我が世の春」とばかりに咲き誇っていました(^ー^)


実は今回、関大の元理事長の森本靖一郎さんから「今年度の飛鳥史学文学講座を聴講しませんか」とお声掛けをいただき、前日の中丹文化会館での落語会が済んでから明日香村へと入り、教育後援会の皆さんの合宿に合流したというわけです。


一日目の飛鳥散策が終わり、夕飯の宴たけなわという時間帯に到着した私。いきなり、お酒を駆け付け3杯飲まされ、いい具合に出来上がってしまいましたf(^_^)


たまたま私の隣におられた関西大学文学部教授の高橋隆博先生に話しかけると、先生も気安く応えて下さるので、私は不躾ながら自分の古代史論を展開(^o^ゞ。


「高橋先生! 飛鳥時代って、ざっくり言うたら、原ヤマトを統治していた物部氏が蘇我氏によって倒され、その蘇我氏は藤原氏によって滅ぼされた時代ということですよね?」


──その通りです。


「物部氏と蘇我氏と藤原氏の中で、先生は誰が一番好きですか?」


──ん~、藤原氏ですかね。


「え、そうなんですか? 謂わば、今の官僚体制まで続いている部族ですよ」


──そのしたたかさが、いい。良きにつけ悪しきにつけ、長い伝統を受け継いでいます。


「あ~そうか…。でも、僕は物部が好きやなぁ」


初めて会って、10分後の会話とは思えない(^o^ゞ


また、向かいにおられたのが明日香村在住の女流書家、鈴木葩光(ハコウ)さん。先生からは粋な「桂米團治」の筆順を伝授いただきました。そして、お手本に先生自ら書いて下さったのです!


 


素敵(^0_0^)  少し、先代の米團治師匠の雰囲気も感じられます☆ 私も早く洒脱な芸人になるよう、がんばります!


 


さて、二日目も朝から飛鳥散策。関西大学教育後援会の皆さんと記念撮影(^0_0^)


 


高橋隆博先生の分かりやすい説明を聞きながら、史跡巡りをいたしました。


 


亀形石造物の前で、森本靖一郎さんとツーショット。


そして、昼からはいよいよ明日香村中央公民館にて「飛鳥史学文学講座」がはじまります。


実は私、この日まで関西大学がここまで考古学研究に力を入れているとは思いも寄りませんでした。


飛鳥の代表的な史跡といえば、まず挙げられるのが高松塚古墳。1972(昭和47)年に発見されて以来、奈良県立橿原考古学研究所の末永雅雄所長の指揮のもと、伊達宗泰氏・網干善教氏を中心とした関西大学と龍谷大学の学者や学生によって発掘調査がなされてきたのだとか。


1973年に古墳が特別史跡に、1974年に極彩色壁画が国宝に指定されたのを機に、森本靖一郎さんが明日香村に働きかけ、1975年から関西大学と明日香村の共催で「飛鳥史学文学講座」がスタートしたのだそうです。以来、39年間、一度も途絶えたことがない老舗の講座となっています。


毎年4月に開講し、月に一度の講義を受け、翌年3月に修了する年間講座──。「一般の聴講、大歓迎」とあるので、地元はもとより、遠くからも沢山の人が訪れ、この日も会場は古代史ファン・飛鳥ファンで埋め尽くされていました。


平成25年度の第1講は奈良県立橿原考古学研究所所長の菅谷文則さんによる講義です。テーマは「飛鳥苑池と飛鳥京」──宮都には必ず苑池がともなう──。


専門的な内容をとても面白くお話し下さり、あっという間に一時間半が経過。明日香村の森川裕一村長と田中祐二教育長も最後まで熱心に聴講されていました(^0_0^)


講座の前後に、明日香村の史跡巡りを堪能。


 


飛鳥寺の聖徳太子像と釈迦如来座像。(ここは堂内での写真撮影が可能☆ 飛鳥仏は鼻が高いのが特徴)


 


酒船石と亀形石造物。何のために作られたのか…。「いつかは解明するぞ!」


春の飛鳥を満喫した私です(^0_0^)