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桂小米朝の「新・私的国際学」<33>(2003年12月21日)

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3年前のこと――。私ははじめて晩秋のヨーロッパを旅した。そのときのカルチャーショックは今も忘れ得ぬ。


それまでのヨーロッパ旅行はすべて春か夏だった。すなわち、太陽の光がさんさんと降り注ぎ、野原や窓辺には花が咲きほこり、午後9時を回っても空は明るかった。だから、私にとってヨーロッパはいつも華やいだ王国であった。


だが、11月下旬のドイツは違った。午前8時半ごろようやく日の出。そして、午後3時になるともう暗くなる。小雪がちらつき、道路はいてつき、街が陰鬱な空気に包まれている。北海道より高緯度に位置するヨーロッパ諸国は、夏と冬で日照時間が大きく変わる。訊けば、自殺者が急増するのが、11月だとか。むべなるかな、である。しかし、12月に入るとその数が減るという。クリスマスに向けてのイルミネーションが、人の心を和ませるのだとか。まことにむべなるかな。


イエス・キリストの誕生日がこの時期でよかった。キャンドルの明かりがともり、賛美歌(ミサ)が聞こえてくると、キリスト教徒でなくともホッとする。そして、西暦はイエス生誕の8日目(割礼の日=男児のオチンチンの包皮を切る儀式を行う日)を年始(1月1日)と定めた。


だが、実はイエスの本当の誕生日ははっきりしていないのだそうな。そういえば、聖書にも記載されていない。どこにも冬の描写がないのだ。どうやら、暗くて寒いこの季節、せめて気分を明るく陽気にさせるために、救世主の降臨をこの時期に定めたようである。


街に電飾を施す西洋人の知恵が、日本にも普及し、今やルミナリエは日本の歳時記となりつつある。どうやら西洋人は、われわれが「春よ来い、早く来い」と思う以上に、春へのあこがれを強く抱いていたようだ。


明日は冬至。街はクリスマスムード一色だが、そこに日本古来の歳時記も付け加えようではないか。かぼちゃを食べて、ゆず風呂につかれば、身も心も温まる。