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「言いたい放談」<30>(2008年10月10日)

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10月4日、私は五代目桂米團治と相成りました。何卒よろしくお願い申し上げます。


初代の米團治は嘉永元(1848)年の生まれ。初代桂文治にまで昇りつめた上方を代表する親分肌の師匠でした。


米團治命名の由来は、家が米屋だったから。以来、「米」が名に付く系譜が続くことになったのです。実は、私の後援会長も米屋さん。コメに縁があるなあ。ますます米を食べようと思った次第。ごはんで〝氣〟を入れ、巡業を乗りきっています。


瑞穂の国と言えば日本を指しますが、米の国と書けばアメリカになりますね。この国からは毎年、米穀の自由化を迫られ、マイ上がるばかり。しかも、宗主国の金融破綻を補填するのは属国の務めとばかりに、日本の銀行に買い取りを迫ります。


ここは一つ、上方流の外交を施してはどうでしょう。「所詮わてらは敗戦国でっさかい、文句言えませんねん。米軍駐留費の7割はウチが出してるのに、沖縄で何されても身柄拘束でけしまへん。米国債を買うことはできても、売ることは絶対許してもらえません。まぁ、オリンピックで日の丸を振らしてもらえるだけでもありがたいと思わなあきまへんねやろな」とね。


米のことならすべて私に任せて!と言うた時、文珍さんが「君は事故米とちゃうやろな」。