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2011.09.17 「郡上八幡での落語会に、近藤正臣さんが登場!」


17日(土)は郡上八幡の安養寺にて「上方落語会」が催されました。昨年に引き続き二回目の開催です。実は、郡上八幡は桂吉弥の弟子である弥太郎クンの出身地なのです。そんな誼(ヨシミ)から昨年の春、私と吉弥が呼ばれました(吉弥を呼び捨てにして弥太郎にクンを付けたのも、スポンサーがらみゆえf(^^;)。しかも、その会に俳優の近藤正臣さんが出演されたのです。というのも、近藤さんは大の郡上八幡好き。八幡の豊かな自然に惚れて、第二の故郷として吉田川のほとりに居を構えられているほどの人。そして、落語にも造詣が深く、昔から米朝と仲良しであったこともあって、昨年“夢の競演”が郡上八幡で実現したのです。

 

また、ずっと以前には、永六輔さんや柳家小三治師匠、はたまたウチの親父など、「東京やなぎ句会」のメンバーによる落語会が開かれていたこともあり、地元の方々も久しぶりの落語会開催に向けて大きな力を貸して下さいました。会場となった安養寺には八幡の人が全員集まったのではないかと思うほどのお客さんで溢れ、大いに盛り上がりました。特に地元出身の弥太郎クンには熱い声援が送られました。

 

第1回がうまく行ったお蔭で、本日第2回が迎えられたというわけです。昨年は岐阜羽島駅まで新幹線で行き、そこからお迎えのクルマ移動という形を取りましたが、今回は米團治号、吉弥号、二台のクルマで行くことになりました。「阿部マネージャーや三味線の石川さんも僕のクルマにどうぞ」と言うたのに、皆さん遠慮して吉弥号へ…。どうやらスピード愛好家の私は避けられたようです(^o^ゞ

 

という訳で、米團治号は弟子の團治郎の運転で出発。さすがに團治郎は「私も吉弥号に乗ります」とは言い出せず、米團治号のハンドルを握り、正午に大阪を出発。吹田から名神に乗り、ほどなく滋賀県へ。私が團治郎に「腹へったか?」と訊くと、すかさず「はい、ちょっと」。こいつ、さっき朝ごはん、食べたとこやないかと思いつつも、「よっしゃ、ほな多賀サービスエリアへ入ろ」。休日のお昼時とあって、さすがに人で一杯です。麺類など簡単に食べられるビュッフェも混んでるし、レストランも順番待ち状態。「しゃあないな。次のサービスエリアまで行こか」と言うと、「師匠、二階にもありますよ」。こういうところは目敏い團治郎。

 

でも、よかった。目立たない看板で「二階にも食堂がございます」と書いてあるだけだったので、すいていて、畳敷きの落ち着いた和室でゆっくり昼食を摂ることができました(^q^) 團治郎はソースカツ丼、私はハンバーグ定食(私はこれが今日初めての食事)。近江米は美味しい! ご飯好きの私は今日もおかずが無くなる前にご飯が無くなり、困っていると、お店から「ご飯のおかわりどうぞ」と言われ、大満足。腹ごしらえを済まして、再び乗車。伊吹山P.A.に入る吉弥号を横目で見つつ、東海北陸自動車道に乗り換え、7年前に郡上市となった郡上市八幡町に到着しました。

  私はオーストラリア産の肉を使ったハンバーグ定食。

 團治郎はどこのか分からないソースカツ丼。

 

安養寺に着くと、弥太郎のご両親に迎えられ、思わず記念写真を取りました。そして、近藤正臣さんは何と舞台作りの真っ最中。「あぁ、すみません。ありがとうございます。今日もよろしくお願いします!」とご挨拶をし、舞台チェックを済ませた後、「すぐ近くに美味しい蕎麦を食べさせてくれる所があるんやが、一緒に行きませんか?」とのお誘い。あぁ、食べたとこや! 「すみません。私は全然お腹がすいてないので、やめときます」とお断りをし、私以外のメンバー全員が「まつい」というお店でお蕎麦を堪能することになりました。あ、團治郎は当然のごとく付いて行きました。

 

さぁ、まもなく開演。すでに安養寺の本堂はお客さんで一杯です。いかが相成りますか! 続きは次回に☆

 
安養寺の本堂を背に、弥太郎のご両親、ご近所の方と。


本堂での舞台づくり。

 
近藤正臣さんとツーショット。


吉弥も交えて、スリーショット。