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「現代のことば」<7>

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よく新聞や雑誌に「実力派落語家による競演!」などと書かれた文言を目にします。

 

私はこの「実力派」という言葉があまり好きではありません。抵抗を覚えるのです。あいまいな表現だと思いませんか。「実力のある」と書かれていたら分かるのですが、「実力派」となると・・・はて、どんな力を発揮するんやろ。ホンマに実力あるのかなと、かえって疑いの眼差しを向けてしまいます。

 

ちなみに、松鶴・米朝・春團治といった師匠連は決して「実力派」とは呼ばれませんでした。若い頃から「放埓」とか「緻密」とか「華麗」など、それぞれの芸風を端的に表す修飾語句がまるで肩書のように付いて回っていたのです。

 

そもそも語尾に「派」を付ける手法が生まれたのは、その字源が「水の枝分かれするさま」であるように、何らかの系譜の流れを整理する必要が生じたため。したがって、そこには語尾に「派」が付く同属語が必ず複数存在するのです。例えば、タカ派に対するハト派であったり、スンニ派に対するシーア派であったり、狩野派に対する土佐派や琳派というように・・・。

 

ところが、いつのころからでしょう、系統に関係なく、単に名詞の下に「派」を付ける手法が一般化したために、本来の意味が伝わりにくくなる事例が増えました。すなわち、「本格派カレーソース」「自然派化粧品」「清純派アダルト女優」といった文言。

 

いずれも、限りなく本物に近いけれど、本物ではありません。化学調味料を使っているソースは「本格」とは言えないし、パラベンなどの防腐剤を使っている化粧品は「自然」ではないし、いくら初々しく見えても“アダルト”である限り「清純」とはいえません。(言いたいけれど・・・)

 

これらに共通する別の言い方としては「ふりをする」が妥当ではないかな。それぞれ「本格的な味を醸し出すふりをするカレー」「自然の素材を使っているふりをする化粧品」「清純なふりをするアダルト女優」と言い換えることで、はっきりします。

 

グローバル社会と言われる今の時代こそ、日本語の意味を熟知することが肝要です。「派」のあいまいさは、行政機関のそれと似ているような気がします。「金融庁と日銀と財務省の違い」、「消費者庁が認可する特定保健用食品(トクホ)の有効性」、「気象庁が発表する長期予報の判断材料」などなど。どなたか説明してくださらないかなぁ。

 

「本格派」「自然派」「清純派」は、己の自信のなさを隠すために生まれた“現代のことば”なのかもしれません。

 

さて――。前述の「実力派落語会による競演!」を換言すれば、「実力のあるふりをしている落語家による競演」となりました。「実力派」と呼ばれている御仁、ご用心、ご要心!